
以下に池田先生の指導を引用する。
『池田大作全集』第69巻
(1987年9月25日<昭和62年>関西記念幹部大会・285頁)
「近年の悲しい葛藤も、要するに幹部が感じながら、また知りながら、言うべきことを言わなかったことに大きな原因があった。信心の世界は、微塵もそうしたモヤモヤとした”巣”をつくっては絶対にならない。」
以下は、上記の指導を踏まえた、私自身の受け止めである。
「何かおかしい」「違和感がある」
そういった、自身の心の声に蓋をしてしまうと、信心も組織も、”モヤモヤ”が残る。
その場では波風を立てないための沈黙。
人間関係を壊さないための配慮。
立場や空気を読んだ“賢明な判断”。
信心の世界においては、こういった組織優先の態度は、必ずしも善ではない。
”モヤモヤ”は侮れず、これを放置し続けると、組織の土台が浸食され壊れていく。
創価学会の幹部の大きな役割(責任)として、いかにこの”モヤモヤ”を除いていくか。
それは、組織を守るために沈黙することではなく、信心を守るために、モヤモヤをきちんと言語化していくことだ。
モヤモヤが、やがては「大きな巣」となる。
不信のたまり場となった巣は、人を寄りつかなくさせる。
真実を語り合わないモヤモヤ組織では、善き人材は育たず、心ある人は離れていく。
学会員は人が良い。
どうしても、個の感情(モヤモヤ)よりも組織を優先する傾向にある。
それ自体は、美徳であり、創価学会の強さでもあった。
しかし今、その長所が、裏返しとして課題になりつつあるのではないだろうか。
そもそも日本人の特性・気質として、組織主義がしっくりくる感覚があると思う。
だが、仏法を基調とした世界の構築というのは、人間主義をベースにすること。
社会において、組織主義から人間主義へのベースの転換が、創価学会の一つの使命でもある。
だからこそ、創価学会が向き合うべき課題は明確である。
組織を円滑に回すこと以上に、人間の心を曇らせない組織であり続けられるか、という一点だ。