創価再創記 ージョーカー録ー

壊すのでも従うのでもない。創価の信仰を再創するための記録。

組織・幹部に厳しい指導シリーズ59 本当の本物のつくりかた

以下に池田先生の指導を引用する。

池田大作全集』第70巻

(1988年3月28日<昭和63年>中部記念幹部会・376頁)

「本当の本物のをつくりあげるためには、もう一歩の執念、もう一歩の粘り、もう一歩の努力、もう一歩の配慮がカギとなる。それはすべての分野においていえる。」

 

以下は、上記の指導を踏まえた、私自身の受け止めである。

 

一流や超一流といっても、ほんの僅かな差でしかない。

だが、その、たった一歩の差がとてつもなく重いのだ。

 

誰も見ていないし、誰も気づかないような、執念・粘り・努力・配慮。

一歩前へ進む一念、意識が自身の中にあるか。

ここに、生命力の差というものが顕れるのだと思う。

 

多くの人は「ここまでやった」で止まる。
しかし本物は、「ここからもう一歩」と自らに課す。

本当に人生とは、紙一重であると、つくづく感じる

 

その差は、能力の差ではなく、覚悟の差。
才能の差ではなく、責任感の差。
そして何より、誰も見ていないところでの戦いの差。

 

言い換えると、誰もが一流・超一流になれる要素はあるということだ。

一流も超一流も、特別な人間の道ではない。

 

「もう一歩」は、劇的でもなければ称賛もない。

むしろ孤独だ。

だが、その孤独に耐えらえる者こそが、本当の本物という高みへと、到達することができる。

 

広宣流布の道もまた、一歩前進の連続闘争だ。

本当の本物が、一朝一夕で出来るわけがないのだ。

 

日々のわずかな一歩、誰も見ないところでの執念、粘り、努力、配慮の積み重ねこそが、人生の本質的価値を決める。

その一歩を、今日も、明日も、地道に踏み出していく覚悟があるか否か。

それが、生命力の差、信念の差、そして本物と凡庸の差を生むのだ。

 

だからこそ今日も、自分らしい一歩前進を、否、1ミリの前進でもいい。

信心とは精進行なり。

それは、前進を意味するのだ。