
以下に池田先生の指導を引用する。
『池田大作全集』第70巻
(1988年3月28日<昭和63年>中部記念幹部会・376頁)
「本当の本物のをつくりあげるためには、もう一歩の執念、もう一歩の粘り、もう一歩の努力、もう一歩の配慮がカギとなる。それはすべての分野においていえる。」
以下は、上記の指導を踏まえた、私自身の受け止めである。
一流や超一流といっても、ほんの僅かな差でしかない。
だが、その、たった一歩の差がとてつもなく重いのだ。
誰も見ていないし、誰も気づかないような、執念・粘り・努力・配慮。
一歩前へ進む一念、意識が自身の中にあるか。
ここに、生命力の差というものが顕れるのだと思う。
多くの人は「ここまでやった」で止まる。
しかし本物は、「ここからもう一歩」と自らに課す。
本当に人生とは、紙一重であると、つくづく感じる
その差は、能力の差ではなく、覚悟の差。
才能の差ではなく、責任感の差。
そして何より、誰も見ていないところでの戦いの差。
言い換えると、誰もが一流・超一流になれる要素はあるということだ。
一流も超一流も、特別な人間の道ではない。
「もう一歩」は、劇的でもなければ称賛もない。
むしろ孤独だ。
だが、その孤独に耐えらえる者こそが、本当の本物という高みへと、到達することができる。
広宣流布の道もまた、一歩前進の連続闘争だ。
本当の本物が、一朝一夕で出来るわけがないのだ。
日々のわずかな一歩、誰も見ないところでの執念、粘り、努力、配慮の積み重ねこそが、人生の本質的価値を決める。
その一歩を、今日も、明日も、地道に踏み出していく覚悟があるか否か。
それが、生命力の差、信念の差、そして本物と凡庸の差を生むのだ。
だからこそ今日も、自分らしい一歩前進を、否、1ミリの前進でもいい。
信心とは精進行なり。
それは、前進を意味するのだ。