
以下に池田先生の指導を引用する。
『池田大作全集』第71巻
(1988年6月19日<昭和63年>第一回足立区支部長会・189頁)
「組織にあって、たがいを向上させゆく建設的な意見はもちろん大切である。しかし、いたずらに感情に流され相手を傷つけるような言動は、厳に慎まねばならない。それは団結を乱すばかりか、魔の跳梁を許し、和合僧を破壊することに通ずるからである。」
以下は、上記の指導を踏まえた、私自身の受け止めである。
建設的な意見のつもりが、いつの間にか感情論となり、批判的になってしまうことはよくあることだ。
反対に、批判的に捉えられることを恐れ、建設的な意見にも関わらず、だんまりしてしまう人もいる。
団結を重視するあまり、建設的な意見が封じられてしまうことは、想像に難くない。
これは、誰が悪いというよりも、組織の構造上、そうなることが多い。
当然ながらこれでは、組織が良い方向に行くわけがない。
創価学会の活動の構造として、決まっている打ち出しに対し、「いかに合わせていくか」が問われる。組織の「呼吸」に合わせることが団結であり、推奨される。
意見を言ったところで、結論(打ち出し)が変わることはほぼない。現場にあるのは、あくまでも決まった範囲内の中での裁量権であり、かなり限定的だ。
現場によって、課題も違うし、広宣流布推進のポイントも異なるが、打ち出しは統一的だ。
組織は大きくなればなるほど、方向性の統一や秩序を重んじるようになる。
これは組織として当然の理でもあり、混乱を防ぐための知恵でもある。
結局のところ、現場にいる一人の人間として問われていること。
・組織に合わせる姿勢
・自分の良心に従う姿勢
・広宣流布への責任感
この三つを、どう調和させていくかという問題になる。
池田先生は、「打ち出しを利用するんだ」と指導されたことがある。
この指導からわかるのは、打ち出しを主体的に活用すること。
自分を縛るものではなく、広宣流布を推進するための”道具”として捉えていく智慧。
この視点に立つならば、現場の状況や人々の悩みに向き合いながら、どうすれば打ち出しを生かせるか、どうすれば地域の実情に合う形に展開できるか、どうすれば一人を励ます契機にできるか。
そういった、創造的な実践が可能になってくる。
また、この姿勢は「組織か個人か」という対立を超える視点でもある。
組織は方向を示す。
しかし、現実に人の心を動かし、生活の中で仏法を息づかせていくのは結局のところ、現場にいる一人一人の人間である。
だからこそ、打ち出しは方向性でしかないくらいに考え、利用するのが丁度いい。
広宣流布は、現場の人間の智慧と勇気と行動でしか進まないだから。