
以下に池田先生の指導を引用する。
『池田大作全集』第70巻
(1988年3月21日<昭和63年>第一回関西代表幹部会・285頁)
「いかなる社会、組織でも中心者に加わる周囲の圧力は強烈であり、リーダーが組織を前進・発展させてゆくためのエネルギーはたいへんなものである。それほど、核となる人々の存在は重大であり、すべての興亡はそこにかかっている。これは広布の舞台にあっても、まったく同じ道理といってよい。」
以下は、上記の指導を踏まえた、私自身の受け止めである。
核となる人々とは、役職の話ではない。
地域に、「本物の一人」がいるかどうかであり、また、そういう人間を育めているか。
ここに、創価学会の興亡がかかっている。
広宣流布を推進することと、会を運営することは全くの別物だ。
信心が惰弱であっても、組織を運営することはできる。
こういう組織では、同じ人が、同じ役職を何十年もやっているケースが多い。
それはそれで立派なことではあるが、広宣流布の推進という観点で考えると、改善の余地がある。
少なくとも、本物の一人が育つ土壌とは言えない。
もし今、地域に停滞感があるなら、それはメンバーの問題ではない。
核が冷えているのだ。
核が冷えても、組織運営は何事もなかったように続き、誰も辞めない、誰も反発しない、数字も極端に落ちもしないが、誰も育たないという現象が起きる。
そして、3ブロック体制だったのが2ブロック体制へと統合されたり、青年部の負担軽減のため、未来部の責任者を壮婦へと移行したりと、組織が存続、運営できるように形を変えていく。
これからも、人材グループ等が消滅したりすることもあるだろう。
人口減社会という波は、確実に分母を削り、核を冷やす要因にもなる。
冷えた核のもとでは、本物の一人は育たない。
なぜなら、本物の一人の要件は、「広宣流布への情熱」だからだ。
情熱とは、感情の高ぶりではない。
役職への責任感でもない。
ましてや、体裁を守ることでもない。
「広宣流布が進まなければ、自分の人生は負けだ」
そこまで言い切れる覚悟のことだ。
人口が減る。
人材が減る。
組織が再編される。
それは時代の流れかもしれない。
だが、情熱まで減らしてよい理由にはならない。
本物の一人は、人数を言い訳にしない。
環境を言い訳にしない。
制度を言い訳にしない。
「今いるこの場所から、必ず広宣流布の道を拓く」
その一点に、全生命を賭ける。
冷えた核は、波を立てない。
だが、何も生まない。
燃える核は、摩擦を生む。
だが、人を変える。
核が燃えているかどうか。
そして、その核は誰かではない。
私(あなた)だ。